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カポエィラのスタイル

  カポエィラは、 アンゴーラ(Angola)とヘジォナウ(Regional)という2つの確立したスタイルがあります。 そして、どちらにも属さない、もしくはどちらの要素も取り入れたコンテンポラーネア(Contemporânea)があります。 これらのスタイルがどのような違いと特徴を持っているのかここで説明していきます。

 ヘジォナウがメストレ・ビンバによって形作られてからは大きくカポエィラが発展し、変化しました。 それをふまえると、それ以前に存在したもともとのカポエィラというものにスタイルは確立しておらず、 独自の形で残っていたと思われます。 その「昔のカポエィラ」、より儀礼や儀式的なものを伝えて文化を大切にしようとしたのが、カポエィラ・アンゴーラです。 そして近代のカポエィラでは、より攻撃的、アクロバティック、 そして柔術などの格闘技術の要素が交えられて練習されることも増えてきています。 カポエィラの起源をたどればブラジルの中でも最も多くのアフリカ人奴隷貿易、売買拠点として存在したバイーア州、 サルバドールでカポエィラはその根本的な形成をされました。 アフリカから連れてこられた黒人達がそれぞれのアフリカでの文化、 宗教や踊りをもとに徐々に確立されていったと伺えます。 現在でも数えきれないほどの先生とグループと生徒がサルヴァドールに存在し、 伝統は先生/Mestreから生徒/Alunoへと伝授されています。 20世紀の半ばに入ってからバイーア出身の多くのメストレ達はサン パウロ、 リオ・デ・ジャネイロなどの大都市にカポエィラ普及のために出て行き、それぞれの発達をしていきました。 近年ではどちらの要素も混じり、アクロバット敵な要素を含んだいずれのスタイルでもないものが現代のカポエィラとされ、 おもにカポエィラ・コンテンポラーニァ/CAPOEIRA CONTEMPORANEAと呼ばれます。 この特徴は動作に軽やかなアクロバットが用いられ、 楽器の数やリズムが伝統に従わない自由な形で使用されることが主に目立ちます。 アンゴーラとヘジォナウの両スタイルをするスタイルもカポエィラ・コンテンポラーネアと称されます。



カポエィラ アンゴーラ : Capoeira Angola

 ヘジォナウというスタイルが形成される以前の、もともとの「カポエィラ」本来の姿とされるスタイル。


メストレ・パスチーニャ(Mestre Pastinha 本名:Vicente Ferreira Pastinha 1889年4月5日-1981年11月13日) が学校を創設し、普及活動を行った。


彼の先生、アフリカ人 Bentinho:ベンチーニョ(Benedito)の出身地アンゴーラ地方が名前の由来。 ゆっくりとした動作が特徴。儀式的で、動物にも似せた動きを用いるアフリカ土着の格闘技に近い。 なお、彼ばかりが焦点を当てられるが、ヘジォナウが形成される以前のカポエィラはただ「カポエィラ」であって、 このアンゴーラと総称されるスタイルはパスチーニャ師が単独で作ったのではなく、 彼を含めてたくさんのメストレが学び、練習し、教え守り抜いた昔のままのカポエィラのピュアなスタイルといえます。 サルヴァドールでは彼のみならずアンゴーラとしてたくさんの有名なメストレが存在します。

ダンサ・ジ・ゲーハ:Dança de Guerra('68)
監督:ジャイール・モウラ:Jair Moura
「メストレ・ジョアォン・グランジとメストレ・ジョアォン・ペケーノの遊び」
彼らはメストレ・パスチーニャの最も有名な弟子として知られています。


パスチーニャは1941年にバイーア州サルヴァドールでアンゴーラの道場を開きました。  3本のビリンバウ(グンガ、メジオ、ヴィオーラ)、2枚のパンデイロ、アゴゴ、ヘコヘコ、アタバキを各1つずつ使います。周りはコーラスを返し、手拍子はありません。



「...カポエィラはアフリカから来た、アフリカ人が闘いに使っていた。」
「口にするものすべてがカポエィラだ...」

-Mestre Pastinha





カポエィラ ヘジォナウ : Capoeira Regional

軍隊にも所属し、格闘家でもあった彼が研究し、練習法のもとで学べる攻防的なスタイルをつくりあげた。

 メストレ・ビンバ(Mestre Bimba  本名:Manoel dos Reis Machado 1899年11月23日-1974年2月15日)。カポエィラ・ヘジォナウの創設者。

 彼の父親は、今は存在しない格闘技バトゥーキのチャンピオンだったと言われる。 屋内でのカポエィラ教室を初めて開き、ユニフォームや昇段制を設け、 1930年代バイーア州サルヴァドールで世界初の道場(アカデミーア)を開校した。 当時カポエィラは法律で禁止されていた時代でありながらも、 ビンバは当時の共和国大統領 ジェトゥリオ・ヴァルガスの前でカポエィラのパフォーマンスを行った。 それにより、カポエィラが奴隷やごろつきのものではなく、れっきとした動作や型、 思想と哲学をもった練習のもとで行われるものであるということを証明することができた。 カポエィラを奴隷からの地位から向上させ、今日ではブラジルの文化として国に認められるところに至ります。

また、ビリンバウで独自のリズムとその名前と意味をつくり、よりシステム化を形成した。 リズムは Sao Bento Grande (de Regional), Banguela(Benguela), Cavalaria, Iuna, Santa Maria, Apanha laranja no Chao Tico-Tico, Amazonas, Samba de Roda, Hino da Capoeira Regionalなどがある。

メストレ・ビンバによるビリンバウの演奏の動画
ダンサ・ジ・ゲーハ:Dança de Guerra('68)、監督:ジャイール・モウラ:Jair Moura
の映画から抜粋、 「カポエィラ・ヘジォナウの賛美歌:Hino da Capoeira Regional」


誰もが「ヘジォナウといえば帯、バチザード」と連想されると思いますが、現在よく見られ普及する 「帯のシステム、もしくは洗礼式」の制度というのは彼が設けたのではありません。 当時、彼の生徒がフォルマード(生徒卒業、先生のレベル)に達したとき、 その昇段イベントで生徒の首にレベルに相当した色のついたスカーフを巻きました。 レベルを総称する色付きの帯が存在し始めたのは、メストレ・ビンバの死後。70年代の終わり、 80年代初頭にかけてカポエィラの普及とともに他のグループ、カポエィリスタによって作られたと思われます。 なお、誰が帯制度を始めたのかはまだ私個人的には分かっていません。
 バテリーアの特徴は、1本のビリンバウと2枚のパンデイロで演奏をし、周りは手拍子とコーラスを返します。

メストレ・ビンバのドキュメンタリー映画



メストレ・ビンバの息子、メストレ・ネネウのグループ。
Filhos de Bimba(フィーリョス・ジ・ビンバ)のジョゴ(遊び)。
目立ったアクロバットなどがなく、メストレ・ビンバの定めた
限られた技の中で遊ぶ姿が見れます。こちらは現在残るグルー
プやスタイルの中で、過去のメストレ・ビンバの時代に行われ
ていた動作により近いと思われます。




「カマラーダたち、黒人たちはアフリカから連れてこられたが、 カポエィラはカショエィラ、サント アマーロとイリャ ジ マーレ(バイーア州の都市名)で生まれた。」

-Mestre Bimba




カポエィラ コンテンポラーネア : Capoeira Contemporânea


 特定の先生が作ったスタイルではなく、おもにヘジォナウの攻撃性やスピードをより強調し、 アクロバットを取り入れた動きが特徴。楽器、ビリンバウの数が特定されておらず、主にビリンバウ3本 を用いて、アンゴーラのバテリーア(楽器隊)が組まれる。

楽器の数や種類が特定されていないバテリーア。
動作はアクロバティックで、相手との駆け引きよりも、魅せる技が多いのが特徴。
見ているとワクワクして興奮してしまうスタイルだ。



ただアクロバティックで見ていて楽しいだけでなく
グループや先生との練習において、相当レベルの高いカポエィラができる。
速さ、技、攻防、エネルギー。しかし技に攻撃性が高いため、危険度も高まる。


アクロバット性の高い動画です。ていうかすごいです。





"アンゴーラとヘジォナウ、どちらが正統なカポエィラなのか? カポエィラコンテンポラーネアはどうなのか?"

 カポエィリスタの中で、この疑問が持ち上がるとそれぞれの意見は異なります。
 ビンバ師のカポエィラ・ヘジォナウは型のもとでの攻防を重視していますが、 カポエィラの持つ戦いの精神を受け継いでいるといえるかもしれません。

 パスチーニャ師は、伝統性を重視し、相手を尊重する純粋なカポエィラを伝えようとしました。

 新しいカポエィラとして生まれたビンバ師の革命的なヘジォナウ。 本来の姿カポエィラ・アンゴーラ、昔により近いものを残そうとしたパスチーニャ師。 どちらが正しいか、好きか、カポエィラの国際化において学ぶのは個人の自由になってきそうだ。 ましてや現在ではこの二つの各スタイルに正確にあてはまることを練習しているグループ自体が少なく、 全世界に広がるカポエィラは常に自由に独自の発展を遂げていってるのである。 それがカポエィラ・コンテンポラーネアと呼ばれる。 どれが正しいというよりもカポエィラが自由の精神を受け継ぎ、 人をより幸せにしているということに意味があるのではないかと個人的には思っている。 スポーツとしての心身の向上。格闘技としての規律と心身の極め。踊りと身体表現、音楽としての素晴らしさ。 その人を幸せにする気持ちと楽しみがあるからこそ国境と文化、言語を越えて広まっているのではないでしょうか。



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